我々のショーファー殿は250km/hで数分間走ってくれた。メルツェデス・ベンツの伝統はVIPを乗せる最上等の高級車といえども、走らぬことには話にならないというものだ。200km/hオーバーでもリアシートは当然のごとく静かである。この静かさが100km/h時とほとんど変わらないのには驚いた。といってマイバッハはどこかの国の高級車のように無響室のごとき静かさではない。あくまで自動車の音にこだわっている。ダイムラーに言わせればマイバッハとて自動車なのである。翌日はようやくマイバッハ57のスティアリングを握ることができた。57は平日はショーファーにまかせ、週末はオーナー自身がハンドルを握るように考えられている。アウトバーンに乗り入れると、静かに力強く加速をはじめる。ハンドルの重さはメルツェデスの伝統通りで、軽すぎず、200km/hオーバーでも軽く手を添えるだけで直進する。そのときですらV12は軽くハミングし、3000回転ほどでしかない。その200km/hからの加速はすさまじいが、運転している当人はごく平和なひとときを過ごしているにすぎぬ。鬼のような直進安定性だ。それは私かこれまで経験したクルマで最高であった。にもかかわらず、こいつはただの後輪駆動なのだ。20世紀を通して欲望の対象でありつづけたクルマを、鉄、アルミ、木、革など、考え得る最高の素材を使い、それに人間の優秀な才能を加えて作ったのがマイバッハだといえよう。高級車メーカーとして、世界でも最古の自動車メーカーとして、この欲望をより高いところに置こうとするダイムラーの努力はすさまじい。しかし、別の考え方をすれば、「世界中が民主主義の時代になった、このぐらいがいいところじゃないの」という基準を具現化したともいえる。そう考えると、マイバッハは21世紀に登場する意味がある。
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