マドンナ、グウェン・ステファニー、デスティニーズ・チャイルドといったセレブが授賞式などにビンディを付けて現れ、このトレンドに拍車をかけていた。二一歳のイェール大学四年生、スニータが言う。「ビンディはもう昔のビンディじゃなくなった。もともと、神と象徴的な和合状態にあるヒンドゥー教徒の証だったのに。今や、単にファッショナブルなアイテムになっただけじゃないわ。他国への輸出用に量産されているほどよ」。ここで本当に問題なのは、ファッションが意味のあるシンボルを安っぽい製品に変えてしまうということだ。もともとの文化にもたらす結果など、一切お構いなしに。「古の伝統や深い個人的意義を持つシンボルに新しい文化的意味を負わせるのは、不適切だし鈍感なことだわ」とスニータ。「それは、複雑なものである文化を、単なるモノに貶めてしまうのよ。文化とは、歴史の積み重ねなのに」。こうした希釈効果のおかげで、ラスタファリアンのスピリチュアル・シンボルであるドレッドヘアは、西洋のファッション・ステートメントに変わってしまう。ヒンドゥーの神々は、くだらない漫画キャラクターにされ、パジャマのパンツにプリントされてしまう。動物たちは、ただ美しいだけで無意味なコートにされてしまう。そして世界中の中毒症状のファッション・アイテムたちは、いつだってお金を使ってそうしたトレンドを追いかけ続けるのである。