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日本の紅と白粉文化

日本では推古天皇(五九二ー六二八年の女帝)の頃、『日本書紀』の中で「彩色」という表現で紅の存在が推測されている。また、平安中期の『枕草子』に「化粧じたる顔みなあらはれて」という表現で化粧という言葉が使用され、さらには「しろきもの」「白いもの」という言葉で白粉を表現する内容が書かれている。このように日本は古代から紅と白粉の文化が普及していたようである。奈良・平安時代から女性の口元を彩る紅は、明治期には紅皿を使用した小町紅と称された本紅から、リップスティックといわれる現代の口紅に変化し、紅の「赤」が映える「白」の白粉は含鉛白粉から現代の高級ファンデーションに変わり、紅白のカラーバランスが醸しだす美しさを提唱し、女性美をクリエイトしてきた。このように見ると洋の内外を問わず、化粧品産業は女性の化粧文化をうみ出し、化粧文化は、経済の発展に寄与してきたともいえる。
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