人々の既視感や記憶に訴えかけるエルメスのスカーフには、顧客の知的好奇心を刺激する工夫も加わっている。以前は、由緒あるモチーフが描かれるという程度の比較的単純な仕掛けだった。ところがスカーフを「一つの文学作品」と喩えるデュマのもとでは、1枚のスカーフが複数の次元の物語を含み、全体で一つの物語世界を構成するようになっている。いわば、モチーフの象徴性などに対する教養がなくては解読できない、よく出来た推理小説である。スカーフのなかに「一つの世界」が構成され、「複数の視点」が含まれるというスタイルが、1990年代に日本のCMプランナーが指摘した、成功するテレビコマーシャルの基本構造と共通するのも興味深いことだ。ここでデュマの時代のスカーフから、「マハラジャ」(1996年)、「木の伝説」(1998年)の2枚について具体的に見ていきたい。「マハラジャ」ではインドの宮廷をベースに、異なる時空間に位置する複数の事物が描かれ、幻想的な物語空間を構成している。中心にはインドの宮殿内の情景が配置され、マハラジャ(インドの王)や廷臣たちが描かれる。建物の外観は実在するアンベール城を、内装はビカネール宮殿を模したもので、細部までの詳細な再現性が見事だ。縁の部分には一つ一つが独立した形で、世界中に起源を持つ様々なモチーフがあしらわれている。